親父の最後のことば「そうか 仕事頑張れよ!」

 お疲れ様です!

今日は、父親の命日になります

私が2回目に結婚した相手が韓国人でした
親父は、本当は心の中でなんで韓国人なんだ・・・と思っていたでしょう
ですが、 「お前が幸せになるんだったらいいよ」と言ってくれました

しかし、父親は俺はいいけども、親戚や先祖の方がどう思うかわからないので、
墓守が困るなぁとつぶやきました
後日、次男の弟を含めた3人で家族会議をし、弟が墓守をすることになりました

それから、何年か経って父親から「今日病院行ったらなぁ・・・膵臓癌て言われた」
「余命何ヶ月や」って聞かされました

なんでやねん!
何年も前から好きな食物も我慢して食事制限して、中性脂肪、コレステロールなどを
気にしてきたのに、なんで「ガン」になるの?

親父と私の2人でいろんな方から紹介をもらった病院へ診察、検査を受けたりしに
行きましたが、やはり末期の膵臓癌でした

ある人からの紹介を頂いて、コネでいい病院に入院することになり、
私はできるだけ毎日病院に向かい話し相手になったりしました

入院して何ヶ月が経ち、癌が大腸に転移して大腸が詰まった状態となり、
お腹がどんどん膨れていきました
それに伴い、痛みもどんどん増してモルヒネの量も日増しに増えていきました

私は、弟に墓守をお願いした時から、親父の葬式には出ないと覚悟を決めていました
なぜなら、私は弟に墓守をお願いした身ですから、その場に行けば長男である
私が喪主となってしまうので、自然と弟が墓守をするという事を親戚に理解してもらう上で、私が出席しなければ、弟が自然と喪主としてやっていけると思ったからです

そんなある日、なんとなくもう親父の死期は近いなぁと思ったのです
その日、心の中では「親父、ごめんなぁ・・・もう顔見せに来られへんからなぁ」と
思いながら、親父に「ちょっと俺急に仕事が忙しくなったから、ちょっと来られなくなるかもしれんで・・・」と嘘をいいましたが、親父はわかっていたのでしょう今日でお別れということを、だから「お前には、厳しかったかも知れんが、商売は教えたから、お前ならできるから、商売頑張れよ!」それが親父の最後の言葉になりました

それから数日後弟から、親父が危篤状態になったと知らせがありましたが、行かないと断り、親父が亡くなったと言う連絡もあった時もお前に任すと言って、お通夜も葬儀も顔出しませんでした

これで、兄弟、親戚とは、絶縁です
先祖のお墓に入ることはできないでしょう!
自分が選んだ人生 罰として孤独というものを頂きました

亡くなった日、弟分みたいな友人と朝まで飲めないお酒を飲んだ事を思い出します

この53年間どこまで、自分本位の生き方をしてきたかと思います

だから、モンスターブログにも書いている通り、私は良い死に方はしないと思っています

毎度ながら、カラオケに行ったら、親父に感謝という気持ちを込めて歌う「勇気ありがとう」という歌があるのですが、youtubeになかったので、違う歌をアップしました

「慕う」
http://www.youtube.com/watch?v=Y8Zq2zc2i_8

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